缺月在天-大野右仲-

あっちこっち書き散らかした【大野右仲】にまつわるアレコレ

最近入手した資料2

ひさしぶりに国会図書館へ行ったらシステムが変わっててびっくりする程度にはひさしぶりでした。色々と楽になりましたね!

というわけで資料忘備録。

 

  • 長野-『旭の友』29(3)(341)長野県警察本部警務部教養課1975.3(複写)

国立国会図書館サーチ: http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001025582-00 )

p40-42「近代警察へ脱皮の立役者―大野右仲警部長とその時代―/永井誠吉(警察学校長・信濃史学会員)」

長野県警が発行していた職員向けの月刊誌(でいいのかな)に不定期連載されていたらしい「信州人物警察史」の第11回。第10回は大野さんの前任者・皆川四郎についてでした(前号p52-53「二代目の警部長・皆川四郎―信州人初めての東大遊学の俊才」)タイトルからしてちょっと期待していたのですが期待どおりというか期待以上というか、なんだかとても褒められていました。嬉しいですね…。

市史などのような行政側からではなく警察組織側からの視点なので、秩父事件関係や長野の警察組織内での動きなども簡単にではありますが解説されていて、とても興味深かったです。章の最後は「波乱の中にあって近代警察の育成のために尽くした大野右仲警部長は、長野県警察にとって忘れることのできない人物である。(中略)本県明治警察史の中においては、けっして忘れることのできない人物として、その名は長く記録されることだろう。」とまとめられていました。ありがとうございますー!!

 

  • 戊辰以前-『有悔堂遺稿』(上)原忠順著、原忠一編 1926(複写)

国立国会図書館サーチ: http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001723625-00 )

 p35-36「送大野孝孫序」

肥前鹿島藩出身の原忠順の遺稿を集めたもの。本文すべて和製漢文で、すみません勉強不足で読めません。日本外史を読んだことと、秀吉の出兵の話をしたことと、なんだか褒められているらしいってことはニュアンスでわかりました。著者の原忠順と大野さんは時期が重なるので昌平黌繋がりかなと。

参考:原忠順文庫貴重資料展HP http://manwe.lib.u-ryukyu.ac.jp/library/digia/tenji/hara/index.html

 

  • 戊辰以前-『幕末譜代藩の政治行動』 鈴木壽子著 同成社 2010(複写)

p69-94「第一部 譜代藩の政治的連帯/第二章 佐倉藩江戸留守居役のネットワーク」

いつもの『学海日録』(佐倉藩士依田七郎)と、同時期に活動していたその他の留守居役の記録を元に、藩外交流の政治活動的意義を明らかにしようと論じているもの。肥後藩京都留守居役上田久兵衛の記した日記に大野さんの名前が挙がっていることがわかったので後日確認(宮地正人著『幕末京都の政局と朝廷』名著刊行会2002)

 

----------

他に上野利三著「明治初期騒擾事件と政府の対応に関する研究」(博士論文)の豊岡関係も一緒に複写してきたんですけど、既に持っている同著者の『近代日本騒擾裁判史の研究』(多賀出版1998)と重複しているようなので後で確認。これのおかげでなんとなく大野さんが豊岡県に呼ばれた理由がわかったような気がします。

どうでもいいけど、比較的初期に読んだ『豊岡市史』での大野さんの扱いが散々だったせいか、他で褒められていると嬉しいやら照れくさいやら不思議な気持ちになりますね。というか、今のところ本当に豊岡市史の編者さんだけですよ大野さんをあんな扱いしているの…。